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東京地方裁判所 昭和59年(特わ)3212号 判決 1985年3月28日

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人久留田翼、同髙井伸博、同西山俊男、同松元弘、同中村忠明、同青柳賢一及び同三輪英昭に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五九年一〇月二一日、「一〇・二一国際反戦デー中央集会」に引き続き右集会参加者らにより行われた集団示威運動に際し、約二〇〇名の学生らが、同日午後三時一三分ころから同三時二三分ころまでの間、東京都千代田区紀尾井町二番一号清水谷公園出口から同都港区元赤坂一丁目弁慶橋に至る間の道路上において、東京都公安委員会の付した許可条件に違反してだ行進を行つて集団示威運動をした際、終始隊列の先頭列外に位置し、笛を吹き、先頭列員が横に構えた竹竿をつかんで押さえ、手を振るなどして右隊列を指揮誘導し、もつて右許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、「検察官による本件公訴の提起は政治的意図に基づく著しい訴追裁量の逸脱があつて無効であり、本件公訴は棄却されるべきである。すなわち、本件デモは、反戦平和を目的として行われたものであり、その形態は、約三〇〇メートル、約一〇分間にわたつてだ行進したというに過ぎないものであつて、交通阻害はほとんどなく、また、本件デモが他のデモと比較して特に違法性が強いというわけでもないのに、政治的差別、政治的弾圧を狙つて被告人を逮捕し、取調べを行い、思想転向を強要し、被告人がこれに応じないとみるや、その報復として本件起訴を行つたものである。」旨主張する。

しかしながら、前掲証拠によれば、本件デモは、判示清水谷公園出口から弁慶橋に至るまでの間の道路上において、約三〇〇メートル、約一〇分間にわたつて、車道幅一杯のだ行進を繰り返したものであり、被告人は、その間、警察官の再三の警告にもかかわらず、これを無視して終始右だ行進を指揮誘導したものであつて、右だ行進により右道路上の交通は少なからず阻害されていることが認められる。右のような本件デモの状況等に徴すると、右デモを指揮誘導した被告人の行為に可罰的違法性がなかつたとはいえず、その他証拠を検討しても、本件公訴の提起が検察官において訴追裁量を逸脱したものとは到底認められない。

二  次に弁護人は、「昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「都条例」という。)三条一項但書三号は、公安委員会に対して「交通秩序維持に関する事項」に関して必要な条件をつける権限を与えているが、右「交通秩序維持」という概念は、抽象的、多義的であつて、公安委員会が条件をつけるにあたつて準拠すべき具体的かつ明確な規準とはいえないから、罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違反するとともに、不当な条件を付することによつて集団行動の過剰な規制を可能にし、これにより集団行動による表現の自由を不当に侵害するおそれが顕著であるから、憲法二一条にも違反する。また、道路交通法七七条一項四号、三項、東京都道路交通規則一八条は、道路における街頭行進等を規制する規定をもうけているが、道路における危険を防止し交通の安全と円滑を図るという限度において、右各規定の趣旨及び目的は都条例三条一項但書三号のそれと同一であり、両規定は規制の対象において同一であるところ、都条例違反の罰則は道路交通法違反のそれより重くなつているから、都条例三条一項但書三号、五条の規定は、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号に抵触し、憲法九四条、地方自治法一四条一項に違反し無効である。」旨主張する。

しかしながら、都条例が憲法二一条に違反するものでないことは最高裁判所の判例の示すところであり(昭和三五年七月二〇日大法廷判決・刑集一四巻九号一二四三頁)、また、同条例三条一項但書三号、五条が憲法三一条に違反しないとともに、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号に抵触せず、憲法九四条、地方自治法一四条一項に違反するものでないことは、徳島市条例に関して最高裁判所の説示するところであつて(昭和五〇年九月一〇日大法廷判決・刑集二九巻八号四八九頁)、所論に徴し更に検討しても、今これと異なる見解をとるべきものとは考えられない。

三  更に弁護人は、「被告人の本件行為は構成要件該当性ないし可罰的違法性を欠き、無罪である。すなわち、都条例が処罰の対象とする集団示威運動は、一般公衆の生命、身体、財産に対し直接危険の及ぶことが明らかなものに限られると解すべきところ、本件デモのだ行進は、約三〇〇メートル、約一〇分間にわたつて行われたというに過ぎないものであつて、これによつて公衆の生命、身体、財産に対し具体的危険が発生した事実はないのである。」旨主張する。

しかしながら、都条例五条の罪はいわゆる抽象的危険犯と解すべきであり、条件違反の集団示威運動が現実に交通秩序を阻害したか否か又はこれを阻害する直接の危険が明らかであつたか否か等の点をとわず、右条件違反の集団示威運動を指導した行為が、それ自体で同条の構成要件にあたるといわなければならない。また、前示のような本件デモの状況に照らせば、被告人の本件行為が可罰的違法性を有することも明らかである。

四  なお、弁護人は、被告人は本件当時本件デモに付されていた条件の内容を知らなかつたものであるから犯意はなかつた旨主張する。

しかしながら、仮に被告人が本件デモについての公安委員会の許可証を見ていなかつたとしても、被告人は、デモに対してはだ行進等禁止の条件が付されており、それは不当であると考えていたというのであり、また、前掲証拠によれば、本件当時、被告人は、現場の警察官から再三にわたつてだ行進が許可条件に違反するものであるから指揮誘導をしないようにとの注意を受けていたことが認められるから、被告人に犯意がなかつたとは到底認められないところである。

以上のとおりであつて、弁護人の右各主張はいずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例五条、三条一項但書三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用のうち、証人久留田翼、同髙井伸博、同西山俊男、同松元弘、同中村忠明、同青柳賢一及び同三輪英昭に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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